ジェイクのぼやき

子持ちジェイクのひとりごと

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2009.05.03 Sunday

9回の裏


とうとう憧れのギタリスト西慎嗣を呼んだ 彼は20歳の頃にはすでにそのキャリアの頂点に達し その後30年近くをくすぶっていたのだった それが最近また動き出したという いち早くその情報を手に入れ コンタクトを取った そしてそれから当店では現在までに3回のギグをこなし 音楽的リハビリも終え 今また新たな方向を見つけようとしている 彼の中でクローフィッシュはもう既に大切な場所のひとつになっていると思う また 青山純 伊藤広規 松下誠 など 俺が修行中に世話になった 超一流どころのスタジオミュージシャン達も呼ぶことが出来た そして最近お世話になっているマック清水さんの口利きでカズ南沢を呼んだ こうなってくると今度はあまりに素晴らしい演奏を間近に感じさせられ 自分自身のミュージシャンとしての限界をも感じざるを得ないこととなる ここ数年来お世話になっている なぎら健一&オウンリスクのドラマー ゴボウさんは 事あるごとに手を貸してくれ この店のすぐそばに引っ越してきてくれた丸山夫妻は 全てのセッションにエントリーしてくれている 特別な思いでこの店のことを考えてもらっている人は本当に多い 愛すべき人達に囲まれ 営業面を除いてはクローフィッシュの目的はほぼ達成したと言ってもいいほどだ しかし最後に大変な事件が起きた この店始まって以来の騒音の苦情である これまで 相当の音量を出しているにも関らず 騒音の苦情は来た事がなかった だからこそ1年前に大改装を実行し ライブハウス的店構えに作り変えたのだ 音楽の店になりきったところで いまさら生演奏を辞めろとは 店を閉めろと言うに等しい事だった それは契約更新の2週間前の出来事だった 試合はまだ片がついていなかった このまま強制終了するしかないのか 契約更新にはまた大金が必要なのだ 単純な問題ではない しかし落ち込んでいる暇はなかった この問題にけりをつけなければ 試合は延長戦へは持ち込めない 話し合いで出た条件は決してよくはなかったが しかし出来ないよりははるかにいい ただ常に音量を気にしていなければならない状況になった 気の持ちようとはいえ 気持ち的にはややつらい状態となった しかし まだ俺はこの店で明らかにやり残している事がある ここで終わるわけには行かない 出来ないわけではないのだ 気を取り直して いや 気を振り絞って また仕切り直しすることにした もう覚悟は出来ている どこからでもかかってきてくれ!
音楽の店になるため 結局失った物も大きかった クローフィッシュのあるべき姿とはやはり地元のお客さんを大事にするべき店であったと思う 音楽好きの集まる店 いや音楽好きだけではない 地元の人が気軽に飲みに来れる店である事が どれほど大事であったかは これほどまでにこの店が音楽的に充実して来ても 俺の中のどこかに満たされない思いがあるのは確かな事なのだ ただ 今までやって来た事が間違っているとは思っていない ここまで精一杯戦ってきたし その時その時をがむしゃらに生き抜いてきた 間違った選択をしていない事は自分でも充分承知している なるべくしてこうなったのだ 時代やお客さん自身の心が変わってしまう事に俺が責任を持たなければならない事はない そしてもちろん今まで自分がやって来た事にも悔いはない 試合は延長戦にもつれ込んだが この後は自分自身との戦いであろう クローフィッシュのオーナー ジェイクは今現在10回の表を攻撃中である どうやらランナーは塁に出たようだ まだスタミナはある 長い試合になったが どうかそのまま戦況を見守っていて欲しい  

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2009.05.02 Saturday

9回の表


9回の攻防は苦難の連続だった 景気の減退は 俺達末端の商店には直接降りかかってくる クローフィッシュは昼と夜があってこそ成り立っていた しかし店舗改装直後から急激に営業成績が落ちてしまった 夜だけでなく 昼間の落ち込みもはなはだしい 音楽の店であるが為には 昼間の稼ぎが必要だったのだが その目論見が崩れると計算が成り立たない しかしもう自分の力ではどうする事も出来なかった かわいいスタッフ達との別れはつらかったが 2008年9月 長年続いたランチタイムサービス ざりがに食堂を終了する決断をする そしていよいよ クローフィッシュの最終形 夜だけの音楽の店となるのである 結局なるべくしてこうなったのだ 言い換えればこれがクローフィッシュの完成形である 8年半かかって やっと態勢が整ったのだ ただし整ったのは態勢だけ あとは中身をどう充実させるかだ 店舗改装後 ライブ開催数は飛躍的に増えた そして新たな試みとしてアーティスト別トリビュートセッションを開始する事となる 最初に行なったのは1月に亡くなったジェフヒーリーの追悼セッションだった そしてオールマンブラザーズ CCR イーグルス ドゥービーブラザーズ と自分が得意とするアーティストを中心に選び 次々とセッションを開催してゆく おそらく他店ではここまで充実したセッションは行なわれていないだろう これこそクローフィッシュならでは ジェイクならではの企画だと 我ながら思う これらのセッション参加者達の満足度は飛びきりに高い そして俺自身も今までやって来た事をここに発揮する事が出来て大変満足している 店はほとんどライブハウスのような作りであり 普通に飲みに来る地元の客の割合は以前と比ぶるもなく減ってしまった 音楽にこだわり続けた結果がこれである これらのセッションにしてもふらっと寄って気軽に参加出来るようなものではない 少し寂しくも感じるが そういう意味では致し方ないのかもしれない      

13:33 | History | comments(0) | - | - | - |
2009.05.01 Friday

8回の裏


2007年12月 とうとう決断の時が来る 限界は来た 店を移転するか 改装するかで悩んだが もうこの商売で金儲けするという事は諦め 改装する事にした この試合を決めるべく切り札を投入したのだ やりたい事をやる 行ける所まで! そもそも既に限界は来たのだから俺にはもう金はない! それでもより音楽の店とするために店の内部を変えた 厨房やカウンターの位置を変える大胆な工事だ 業者に頼む金はなかった しかも長い工事期間で店を休む余裕もない ここでまた俺は沢山の人の協力を得る事になる 俺の長い人生の中でも特筆されるべき出来事だ 正月休みを返上して自分達の手で内装工事に取り掛かった 友人達は無償で手を貸してくれた お金を貸す申し出をしてくれた人までいる かくして内装工事はたった9日間で終了し 2008年1月10日の新装開店を迎える事が出来たのだった

新しい店は 前の店の雰囲気をそのまま継承しているものの まったくコンセプトは違う 明らかに どこから見ても音楽の店だ もう逃げ道はない 音楽で生きて行くのだ それにしても素晴らしい店が出来上がった 俺が考える理想像 それがまさしく実現できた! もうどんなミュージシャンが来ても恥ずかしくない 胸を張ってそう思える やれる自信はない でも ただやるだけの事だ       

00:26 | History | comments(0) | - | - | - |
2009.04.30 Thursday

8回の表


もうこの頃は毎日ブログを書いている ほとんど赤裸々に書いているので この頃何を考えていたかは 読めばわかる しかし クローフィッシュのあるべき姿がなんだかわからなくなってきた 音楽活動がだんだんと充実化するにつれ 店の形態が少し中途半端なものに思えて来た 店の営業は昼のざりがに食堂が支えてきた 夜のクローフィッシュは週末のライブを中心に考えるようになった ライブが盛んになってくると 通常のバーとして利用してくれる客が少なくなってしまった もちろん単純に景気が悪いとか 営業努力が足りないとかはあるのだけれど 開店当初の望みだった 一般客と音楽の融合は とうとう夢物語であったと悟った 音楽は音楽 仕事は仕事 8年間の営業成績がそれを納得させた 時代も変わってきている 音楽を充実化させる以上 通常の飲み屋として機能させることは もはや期待は出来そうにもなかった 音楽的には超一流のミュージシャン達が来店していた 彼等にも一目置かれる存在の店になって来た いい店には違いない 俺だってそう思うし 当時の店は大好きだったのだ ただそのミュージシャン達にとっても 店が広い割にはライブスペースが狭く 遠くの客席からはステージの全貌が見渡せない ちょっと中途半端な作りだった 音楽の為の店と一般の方の為の店の両方であるが為のこの店の作りが だんだんと弊害となってきたのである
この写真は当時の 選りすぐりの美人で揃えた当店のスタッフ達だ 演奏しているみたいに見えるが 実はこれは見せ掛けだけのエアーバンドである 

17:19 | History | comments(0) | - | - | - |
2009.04.29 Wednesday

7回の裏


ナミが退職した 数年間クローフィッシュをスタッフとして支えてくれた女性だ 結婚退職が彼女の夢だった その夢は はたして成就したのだった お相手は繁田ブラザーズのベーシスト マナブくん 俺はまるで父親気分で祝福したのだった 先日つかまり立ちを始めた娘のイブキを連れてお店にやって来た そう 彼女はもう家族とおんなじ 俺の店で働いてくれていた時も お客さんたちが奥さんと間違ってしまうほどに支えてくれていたのだ 俺も悪いとは思いつつ その気持ちに甘えてしまい ずいぶんと無理な仕事もしてもらった 彼女あってこそのクローフィッシュだった ただ 時は容赦なく流れる スタッフもお客も少しずつ変化していく いつまでも同じ物を追い求めていてはいけないのだ お客さんの変化にもずいぶん悩んだ 特に音楽好き連中の足が遠のいてしまったのには堪えた 人それぞれに都合がある 俺も必要以上に人に追い求めてはいけない ナミの代わりにと言ったらなんなんだが 俺の彼女であったトモコに店を手伝ってもらう事になる 結局俺は女性の支えがなければだめな男なんだろうか? あはは? ん あははじゃないだろ! おかげでまたクローフィッシュは立ち直り さらに磨きをかけ突き進んでいく事になる この後スタッフには美少女系カバちゃんを加え この時からお店のスタッフは最後の最強のメンバーで構成される事となる      

15:37 | History | comments(0) | - | - | - |
2009.04.28 Tuesday

7回の表


クローフィッシュのランチサービスは ザリガニ食堂と言った クローフィッシュという名前じゃ 何のことだかわからない人が多いから なんでざりがに食堂って言うの ってよく聞かれた だってクローフィッシュだから って言ってもやっぱり解決しないのよね 店の目の前に東京芸術センターが出来て そして裏手に東京藝術大学が出来る こりゃ大変だ ちゃんと準備しておかなきゃ と思って 正社員のシェフを雇った 昼夜通し営業にした しかし開けてびっくり 人なんか集まっちゃ来ない どうすんだよ! シェフのチハルは若干20才だったかな? 半年ほどで辞めたんで 事なきを得たけど 当時の給料支払総額は凄かった いやーほんと よくやってたよなー ざりがに食堂にはその後リエちゃん マミちゃんの主婦組が入店 夜のクローフィッシュにはマメが入り マサト ナミも含めスタッフ的にはクローフィッシュの黄金時代を迎える 当時俺はマサトとマメの二人に店を任せ 出演ミュージシャンの視察に出かけることもあった

2006年10月 ミュージックライン千住は千住エキゾチックフェアにも協賛することになる 足立成和信用金庫の駐車場を借り 野外ステージを自分達の手で作った スタッフは朝6時に集合し 11時までに突貫作業でステージをこしらえた 朝のスイングジャズオーケストラから始まり 夕方のブルースロックまで いい音楽が千住の街角に響き渡った それは音楽を愛する千住のみんながひとつになった瞬間だった          

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2009.04.26 Sunday

6回の裏


ハロウィーンパーティはただのコスプレじゃなくて コピーバンドを楽しむ形になった 俺は名前の通りブルースブラザーズのジェイクを演じる 実は俺の名前の由来にも多少関係がある こういうバンドはいつかやりたかった エルウッドを演じたのはチャーゴンだ バンドはタイラーズを母体にピアノとホーンセクションを加えた7人編成 理屈抜きで楽しむ事ができた バカな遊びは今でも大好きだ 本当はこのパーティの後も続けたかったが バンドっていうのは継続する事が難しい 何年も続けているバンドを見ると よくやっているなー って感心する ま でも実情は苦労が多いのかもしれないな 
この頃 夜のアルバイトにはマサトが加入する ジャニーズ系のイケメンくんだったが 残念ながら女性客の増加はなかった
2006年 安藤秀樹との付き合いが始まる ミュージックライン千住vol.3 甚六屋トリビュートに 千住出身の安藤秀樹を呼んだ 学生時代 当時俺のバンドのベーシストはデビュー前の安藤秀樹のバンドでもプレイしていた 同じ千住出身というだけでなく 実はそんないきさつもある 元オフコースの清水仁さんとジェイクと3人でバンドを結成 それはこの時から3年経った今でも続いている 現在はクローフィッシュでマンスリーライブを開催中 俺はいつも楽しく勉強させてもらっている           

10:26 | History | comments(0) | - | - | - |
2009.04.25 Saturday

6回の表


5周年記念パーティには 大好きだったギタリスト松浦善博を呼んだ そして見てのとおり一緒に演奏を楽しんだのだった 結局俺はこれがやりたいのだ 飲食店がやりたくて店を作ったんじゃない 音楽がやりたくて自分の店を作ったのだから! 学生の頃は馬鹿な夢を見ていた 松浦善博と西慎嗣のツインギターでバンドをやる夢だった 実際の松浦さんは 昔から知っているような人だった 全然変わってないねー って言いそうになった いやいやもともと面識はないんだよ 彼の住まいは神戸なので 今はなかなかお会いする事はできないが 俺はひとつちっちゃく夢をかなえた 手前にいるのは松川純一郎 この後 彼とのお付き合いも続いてゆく そして数年後 俺は西慎嗣にも会いに行く事になるのである そう 俺は至極プライベートな目的のために この店をやっているのだった 

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2009.04.24 Friday

5回の裏


5回目のハロウィーンパーティはちょっと気張った 何ヶ月も前から準備をしてキッスのコピーバンドをやる事にした 俺はジーンシモンズに化けた まあ似ちゃあいないが こういうことはやるという事が大事だ もちろん演奏もしたよ かっちんはポール ハンちゃんはエース えっちんがピーターだ 遊びには手を抜かない 俺は普段はおとなしいし あまりしゃべらないからよく誤解されているけど でも実はパーティアニマルなのだ だからハロウィーンパーティは俺にとって とても大切な物だった まあ この気合の入り方をみればわかってくれるよね! ミュージックライン千住は 実行委員会主催に変わり 開催店舗数も増えてゆく 憧れのギタリスト森園勝敏やハープの妹尾隆一郎を呼んだ 少しずつ夢だった事が実現してゆく 近藤房乃助の時には実際に店に入りきれないほどの客が押し寄せた ライブ中 俺はお客さんたちの楽しそうな顔を カウンターの中から眺めている それは俺が幸せを感じている瞬間のひとつだ

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2009.04.23 Thursday

5回の表


2004年9月 新たな時代が始まる ミュージックライン千住開催 ジャズバー バードランドと2軒共同開催の音楽イベントだ 俺はせっかくのイベントに投資するつもりで 儲けを捨て大物を呼ぶことにした 吾妻光良というブルースギタリストは 俺が日本で一番びっくりした人だ いつか自分の店に呼びたいと思っていた いい機会を与えてもらってよかった もう一組はウォンチューの南佳孝 初めてのメジャーだ 採算は合うまい でも俺は自分の店に実績を買った これは多少批判も受けたが その後の俺の店の推移を見れば 今でもこれは間違った選択ではなかったと思っている これがきっかけとなり 一流どこのミュージシャンの招聘が始まる ほとんど何のツテもない俺にとって 交渉は当たって砕けろ方式だった 話は苦手だ でもそうとばかり言ってもいられない いよいよ本来クローフィッシュが目指すべき 本格的音楽の店への第一歩をやっと踏み出したわけである  

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